top of page

​瞬きの先の渇望

この部屋に閉じ込められてから幾日が経っただろうか。
今現在の僕にとって、一日一日の境目は非常に曖昧で、あれから何日が、何年が、もしくはもう何千年と時がたっているのか、それさえも分からなくなっていっていた。(まぁ、パソコンの右下を見れば書いてあるから分かるけどね!)
部屋から出てしまうと一瞬にして命が溶けてしまうほぼ死体と同じ存在である僕は、この狭い部屋から出る事も許されず、与えられたパソコン(ネットにはつながっていない)を弄繰り回すことで、死ぬまでの暇つぶしに興じていた。
DVDを取り出して、既に何千回(もしかしたら億いってるかもしれない)も観ているライブDVDを再生する。見慣れた光景ではあるが、僕にとって唯一変化のある物だから。縋るような気持ちで再生ボタンをおす。キラキラとしたステージを見て目を輝かせながら、考える事はこの場所に僕もたって、WHITE☆knightの応援をしている様子だ。実際に動いて、しゃべって、歌っている彼らが一度でいいから見てみたい。鼓膜が破れそうになるほどの大音量で狭い箱の中に音楽が流れ、目が焼き付きそうになるほどの光でふられるペンライトを自分もふって、会場の熱気を感じてみたい。
そうは思うものの、同時に諦めの波もやってくる。
たとえ、この部屋から出れたとしても。次の瞬間に待っているのは「死」だけだ。既に死ぬ運命にある物を、神の都合で無理矢理この世につなぎとめているだけの存在が、僕だ。
自分の時を進める事は、決してできないのだ。
そう思うと、自然とあきらめもつく。あきらめ、というには生易しい感情だけれども。
それは、「無」だ。自分の未来には、何も存在することができないという、「無」。それだけが、僕の一瞬の生の先に待っている。何を望もうとも、何をしようとも、変えられない絶対的な「無」だけが存在していると思えば、再び外に出たいという事も、生をあがこうという感情も何もかも、芽生えるはずがない。
だから、今日もこのDVDを大人しく再生する。
僕の「無」を、一瞬でも「有」に変えてくれる、この楽しいという感情を呼び覚ましてくれる、僕が人間である事を思い出させてくれる、これはそんな物だ。
「…またそんな物を見ているのか、くだらない」
しかし、そんな時間を切り裂く存在がただ一人いる。それこそが、僕の体を器として存在している、超常の存在―――僕を今この状況に追いやった張本人でもあるけど―――神と呼ばれるものだ。
久々にやってきた神は宙を漂うにして僕の手元を覗き込み、理解できないというような顔をする。
「くだらなくないですー。僕をここに閉じ込めてるんだから、暇つぶしくらい好きにさせてよ」
「器であるお前がそんな物ばかり見ていると、我にも影響がありそうで心底不快であるな…」
人間の表情という物がうまく操れないのか、不快というわりにはあまり表情も変えないその人は部屋を漂い続ける。それをぼんやりと眺めながら、まるで金魚のようだなとうっすらと考える。
そんな思考さえも伝わっているのか、神は少しだけむっとしたような………(僕も長く観察してきたのでちょっと分かるようになった)そんな顔をして、口を開く。
「このような星に堕とされる前は、宇宙を自由に泳ぐ魚のようであったのは間違えていない。だが、この星のかのように小さな魚に例えられるのは不快の極みであるな」
「だってそれ以外にうまく表現できないんだもん。
………でも、そうなんだ。へー宇宙を泳いでたんだね」
「あぁ。星どころか、銀河を一つ壊したこともあった。アレは今まで見てきた中で一番………そうだな、人間のいうところの"きれい"という物だった」
「ぎ、銀河………スケールでっか!でも、神みたいな人でもきれいーとか思うだね」
「そうだな………
星にも、銀河にも、命という物は存在する。それが散り、消え去る様はまさに"命の集大成"とでもいえる物であった。無数の命が消え去る瞬間、最大の力であがこうとするのか、エネルギーを爆発させる。その姿に―――魅せられた、のかもしれぬな」
「………あはは、なら貴方も僕と同じアイドルファンになれるよ、キラキラした物が好きなんでしょ?」
「お前のいうキラキラとのスケールが違いすぎるだろう。くだらないものだ」
「そのくだらない物にはいって延命してるのは貴方でしょーもう………」
僕は口をとんがらせながら、手元のペンライトを見る。
――僕が命を散らす時は、そんな風に輝いたりするんだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんでは、消えていく。
「………」
神はそんな僕の思考をわかってかわからずか、無言で部屋の角を折り返し浮遊を続ける。
「くだらぬ下等種であるお前達には、我らの見る事のできる美しさを体感するすべがないのは、一種"かわいそう"という奴だな」
「………だいぶ人間感情が分かってきたんじゃない?神サマ」
「そうだな、人間はお前というケースしか知らぬが、以前よりは下劣な感情を理解できるようになったぞ」
クスクスと、まるで笑っているかのように神は表情を変える。僕の模倣なのか、僕の表情をパターンとして反映させているだけなのか、僕には判断がつかないけれども。
最初に僕に無慈悲に現状を説明した彼(彼女?)に比べれば、100倍人間っぽくなったと思う。
「我の力が戻った暁には、この部屋ごと宇宙へ旅立だとうではないか。もしかしたら、窓の外に銀河の破壊される様子が映るやもしれぬな」
「えぇー………真空状態になったら人間って死ぬんだよ?僕大丈夫かな…」
「静止しているのだから、どこにいようと、どの時空にいようと変わらぬだろう。我の器だからこそ、人間より贅沢な美を見ることができるのだからよいだろう」
「えー、僕、それより生ライブの方がみたいなぁ………」
「………」
少し楽しそうにしていた神は、とたんむっとした様子になる。
「あんな物の何がよいというのだ、まったく………
あぁ、でもそうだな。この"楽園"の世界には、"アイドル"なる存在の世界が出来上がったという。その世界でも覗き見れば、少しは留飲が下りるだろう」
「えぇー!みたいみたい!早くいってよ!」
「反応の違いというのはここまで顕著だと"怒り"が沸いてくるのだな…」
神は仕方がないとばかりに、パソコンを指でなぞる。デスクトップにぴょこりと現れたのは、「観測」という名のついたアプリだ。
「この"観測"は、お前の足から作った"楽園を作る資格を持つ物を見つける"役割を持つ物だ。その物の目から楽園の世界を覗き見ることを特別に許してやろう」
「………うーん、喜んでいいのか、いや、嬉しいけど………」
「なんだ、いらぬのか。それならば消すしかないな…」
「いや!やっぱり見る!」
再びパソコンを触ろうとした神からパソコンを守る。
「そういうの早く教えてよね、もー。人間心が分からないんだから…」
「分かるわけがないだろう。下等種め」
神はふたたび浮き上がる。
「もんさぶとやらの店員がまたこの世界に堕ちてきた、新たなDVD?とやらも堕ちてくるかもしれぬな。せいぜい期待しておけ」
そんな事をいって、部屋から消えていく。いつも突然現れては、突然消えていくのだ。つくづく、"人"という種族の気持ちなどを真から分かる事はないんだろう。
「………」
僕は複雑な気持ちになりつつも、"観測"とかかれたアプリをダブルクリックする。画面を開くと、どういう視点なのかはわからないが、「楽園」の中の世界が映し出される。
僕の足から生み出された存在が、外の世界にいて、この視点を僕に見せている。
――この部屋から僕は出れないのに。
僕はそっと、パソコンをけしてベッドへ横たわる。

「無」には未来などないのに、僕のなくなった足は勝手に動き回り、「有」を作り出している。その事を考えると、僕のやるせなさは、苦しさは、悲しさは加速していく。

「あーあ。誰か、僕の時間を早く進めてくれないかな」

宇宙なんて、ライブなんてもう見れなくてもいいから。この気持ちを受け取る一秒を進めて、消し去ってほしかった。

 

(了)

bottom of page